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福岡高等裁判所 昭和25年(う)1287号 判決 1950年11月14日

被告人

井上寿

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月及び罰金三千円に処する。

右罰金を完納することかできないときは金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

弁護人吉永嘉吉の控訴趣意の第一点(イ)(法令適用の誤、事実の誤認)について。

刑法が贓物に関する罪を規定し之に制裁を科する所以は贓物の移転を防止し以て贓物の被害者の返還請求権を保護せんとするにあるのであるから、贓物故買罪が成立するがためにはその贓物について売買交換その他の形式における有償行為により之を受領することを要し、単に売買等有償契約をした丈で受領の事実が之に伴わないときはその罪を構成しないこと、そして物の授受は一般的には社会的観念に従つてその有無を決定すべきであつて必ずしも常に物理的観察のみによつて之を決定すべきものではないが贓物に関する罪を処罰する理由が前敍の如くである以上贓物の授受によつて聊かも場所的移動が生じない場合には、これを贓物罪の場合における授受と目することができないことは正に所論の通りである。そこで記録について本件贓物の授受の有無を検討して見ると、被告人の原審公判廷における供述、並に証人大西キミヱに対する裁判官の尋問調書中の供述を綜合すれば被告人は昭和二十五年一月四日午前三時頃梶栗公、白石竹丸の両名が登楼するに当り他家から盗んで被告人方裏手便所脇板屋根下まで持ち込んでおいてあつた玄米二俵をそれが贓物であることを知りながら同日午前七時半頃更に自宅屋内に搬入したのであるが同日午前十時頃になつて右両名から遊興費の持ち合せがなかつたので、従業婦大西キミヱを介し右持ち込んだ米による代物弁済方相談を受け結局内一俵を右両名の遊興費債務の代りに引取ることを承諾したこと即ち盗米の代物弁済契約がなされたことを認めうるが爾後本件事犯発覚に至るまでの間に該米俵を他所に置換え蔵置する等場所的に移動した事実は記録上認め得ないところであるから、被告人の右所為は未だ贓物故買罪を以て問擬し得ないものと言わなければならぬ。従つて原判決が被告人の右所為を贓物故買罪を以て問擬したことは失当と言わねばならないが原裁判所の現場の検証調書及び添付の見取図によれば前記梶栗、白石両名が米俵を持ち込んだ被告人方裏手便所脇屋根下土間は外側道路からは米俵の所在を望見できる場所であるが、該個所から被告人が右米俵を屋内に搬入した個所は地上からの高さ二尺一寸の屋内廊下上であつて、右便所脇からの距離は五尺内外であろうが廊下の端には硝子戸が立てあり道路からは米俵の所在は望見できないことが窺知できるので、被告人が米俵を移動した距離は僅かに五尺内外ではあるが贓物の発見回復を困難にする程度の移動というに妨げないから被告人の右搬入の所為は贓物運搬罪を構成することは疑を容れない。以上の次第であつて原判決が被告人の本件所為を賍物運搬罪の外に賍物故買罪を以て問擬したことは事実を誤認し、法令の適用を誤つたものと言うべく、その誤は判決に影響を及ぼすことが明かであるから論旨は理由がある。原判決はすでにこの点において破棄を免れないから爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条に則り原判決を破棄することにし更に同法第四〇〇条但書を適用して次のように自判する。(後略)

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